第44回 ~父亡きあとに思うこと~

こんにちは、筧です。先回、父の最期のことを書かせてもらいました。生前の元気な頃は、私の仕事のことでは、とにかく反対されるばかりで、父の方から「どうだ?」などと訊かれることもありませんでした。そればかりか、私の息子たちに、「将来はお祖父ちゃんのように公務員になるといいぞ。商売なんか不安定だし、お父さんみたいに嫌でも長時間働いて苦労するだけだからな。」と口癖のように言っていました。私としては、父と違う道で私なりに頑張っていることを頑なに認めてもらえずに、淋しいと感じる時もありました。

先回少し綴りましたが、その父が病室で、お前の会社のこと知人を回って頼んでおいてやるから、と言った時は正直本当にビックリしました。そんなことは会社を始めて20年近くなっても、ただの一度だって言われたことがなかったので・・・。思うように身体も動かせなくなってから、気がかりになったのでしょう。その時ふっと揺れる父の親心が垣間見えたように思いました。母はというと、何度も父子の間を取り持つように、「お父さん、口ではああ言ってるけど、あんたのことそう悪く思ってないと思うよ。」と私を慰め、私が元気がないと、「どうも会社で気になることがあるらしい。」と、こっそり父にも報告していたようでした。それでも知らん顔を通していた父。ここまで事業で紆余曲折いろいろあっても、くじけずにやって来られたのはそんな父への対抗意識も大きな要因のように感じます。

ここで会社を潰したら、父にそれ見たことかと言われるのが悔しいから、ナニクソと歯を食いしばって再起を掛けたあの頃。父が私を甘やかさずに一貫して突き放していたことが、必ず軌道に乗せてみせるという原動力になっていたと、送り出して今、ようやく思えるようになりました。また、父を身近に頼れない分、得たものも多くありました。経営の相談をする親代わりのメンター、腹を割って語り合う経営者仲間、右腕になって支えてくれた年上の部下。仕事上でのかけがえのない人達との深い付き合いが始まったのも、そういった繋がりを私が外へ求めていった結果、開拓することが出来たご縁の数々です。

父があとに残したものは、お金や物や分かりやすい愛情ではなかったけれど、私が自立してやっていける基盤を作ってくれました。そのことがどれだけ大きな財産だったか、少しずつ理解できるようになったこの頃です。その感謝を胸に、これから残された母や家族を父の代わりに自分が守っていくという新たな責任と向き合って生きる。父から託された最後の課題を、男としてきちんと引き受けていきたいと思います。

H24.3.2

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