第26回 ~メンターとなる師に叱られて~

こんにちは、筧です。私には師と仰ぎ、父と慕っている二人のメンターがいます。いずれも20年近いお付き合いのなかで、リーダー・経営者としての心得を幾度となく教わってきました。今回は一人目のメンターとなった社長との出会いについてお話します。起業して間もないころのことです。思うように仕事の受注が取れず、焦る一方。営業に行っても、「うちはいつもA社にお願いしているから。」と断られてお手上げという時期がありました。

A社とは地元でも名の知られた最大手の人材派遣会社です。行くところ行くところすべてA社の取引先ばかりで参入の余地がないという事態に煮詰まった結果、「そうだ、A社に回してもらえる仕事がないか尋ねてみよう。」とひらめきました。今思えばなんて浅智恵であったかと恥ずかしくなってしまうのですが、八方ふさがりになった当時の私には、突破口がそれしか思いつきませんでした。

ツテを辿って社長に面会した私は、「うちでA社の仕事のお手伝いをさせてもらえないでしょうか?」とそれらしく切り出しました。途端に「馬鹿者!」と思いきり社長の怒声を浴びせられました。「お前な、何か仕事を下さいと言われて、やる奴はおらんぞ。仕事は人から簡単にもらうものじゃない。そんなお願いをしに来るな!」その場で固まって動けない私に社長は言葉を続けました。「お前は、酒やゴルフはするか?」「・・・はい。」「俺がお前さんくらいの時は、仕事仕事で、ゴルフをやったり、飲みに行ったりするような余裕はなかったぞ。会社を興すっていうのはそんなヤワなことじゃ出来ないんだ。お前には悔しさが足りないね。同業に仕事をもらおうなんて悔しくないのか?もっと奥歯を噛みしめて仕事をしろ。がむしゃらに頑張れ。信頼をつけて仕事をもらえるようになるまで死ぬ気でやれ!」

耳に痛いお叱りでした。その日から一営業マンに戻ったつもりで飛び込み営業を必死に行ないました。ときには、最終決定権のある「社長」の肩書きが入った名刺だと、会社に持ち帰って検討したり、戦略を立てる猶予が持てなくなるため、商談のときには営業部の平社員のフリをした名刺も使い分けて、とにかくなりふり構わず仕事を取ることに専念しました。すると、あんなに万策尽きたと思っていたのに、着実に契約が決まっていきました。

あの時叱ってくれた社長には、それからの仕事の近況報告をするようになり、私が勉強会の役付きになると、「本業が順調じゃないのなら、役なんか引き受けるんじゃないぞ。」また新規事業に着手することを相談したときは、「何事も基本が大事だ。おろそかにするなよ。」と経験の足りない私に助言をしては見守ってもらっています。

H23.10.6

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